生成AI(人工知能)の爆発的な進化は、マーケティングやクリエイティブの現場における「生産性」の定義を根底から覆した。かつては膨大な時間と労力を要したテキストの量産やデザイン案の構築、無数のコピーライティングは、今やプロンプトひとつで数秒のうちに数百本規模で吐き出される時代となった。
この劇的なテクノロジーの民主化は、業界に一つの大きな問いを突きつけている。「AIがマーケターやクリエイターの職を奪っていくのではないか」という不安だ。特に「まずは手を動かして場数を踏め」と言われ、数多くのアイデアを出すことでスキルを磨いてきた若手プレイヤーや就活生にとっては、自らの存在意義を揺るがしかねないシビアな死活問題として捉えられている。
しかし、数々の外資系エージェンシーでクリエイティブディレクター(以下CD)を歴任し、黎明期のバイトダンス(TikTok)でデータとアルゴリズムの最前線をハックしてきた株式会社ピアラの橋本剛典氏は、この状況を「絶望する必要は一切ない」とひょうひょうと断言する。
橋本氏が指摘するのは、AIの進化によって「下っ端のオペレーション業務」は確実に全滅する一方で、だからこそ人間のマーケターにしか担えない『審美眼(選ぶ力)』と『Why(問いを立てる力)』の価値が、かつてないほど跳ね上がるという、新たな時代の生存戦略である。
かつてクリエイティブやマーケティングの業界において、新卒や若手が最初に通るべき登竜門は、いわゆる「100本ノック」だった。上司から出されたお題に対して、とにかく100本のコピーを書き、100通りのバナーデザインを作る。その泥臭いプロセスを通じて業界のトンマナを掴み、思考の体力を養うのが長年の「王道」とされてきたからだ。
しかし、この「100本ノック」の領域において、人間がAIに勝てる要素はすでに何一つ残されていない。24時間稼働し、瞬時に数千本のバリエーションを生成するAIのスピードと量には、どれだけ体力のある若手であっても圧倒的に敗北する。橋本氏は、この事実を隠すことなく冷徹に告げる。
「オペレーターはもう死にますよね。言う通りに何かデザインするとか、コピーをとりあえず百本書いてくるみたいな下っ端の動きっていうのは、多分死ぬ感じではあるけど、今後AIを使う側の人たちが、ますます重要になってくると思ってます。(橋本氏)」
だが、これは若手にとってのキャリアの行き止まりを意味しない。むしろ組織のパワーバランスを劇的に変えるチャンスだ。これまでは経験年数の長いシニアのCDがトップに君臨し、若手はその下で手を動かす「作業者」としての階層構造があった。しかし現在、誰もが自分の手元に「世界最高峰の作業者であるAI」を持てるようになった。やることの前提が「AIに書かせること」に統一された世界において、「下積み期間」という概念は完全に無効化される。
「若手もある意味もうCDになると言っていいと思いますね。若手もAI使うじゃないですか。シニアのCDもAI使うじゃないですか。そうすると結局今までは若手はあくまで下っ端でしかなかったのが、その下にAIが出てくるわけで、やることってほぼ同じになってくるはずなんですよね。ジュニアだろうがもうやってることはCDと同じ。逆に言うと、飛び抜けた審美眼がある若い子がいたら、多分上に来ることもきっとあるんじゃないですか(橋本氏)」
AIがどれだけ高度化し、人間以上の打率のアイデアを吐き出せるようになったとしても、構造的に絶対に到達できないブラックボックスが2つある。それが「選ぶ基準(審美眼)」と「目的の定義(Why)」だ。
AIはプロンプトを与えられれば1,000本のコピーを出せるが、その中から「なぜ今、このブランドにとってこの1本が最適なのか」を自ら判断することはできない。また、「このブランドは今、なぜこの社会的課題に対してメッセージを発信しなければならないのか」という、企業の存在意義に関わる根源的な問いを自発的に立てることもできない。
橋本氏は、この2点こそが、これからの時代に人間のマーケターが全精力を傾けるべき領域であると強く主張する。
「実際にAIが出してきたアイデア、『どれ選ぶの?』とか、『なぜこれなの?』っていうのは、結局人間が考えるしかない話だと思ってて。だからいわゆる百本ノックみたいな時代はもう完全に終わりを告げて、ここから先は、それを選ぶ審美眼とか、もしくは『なぜ』っていうWhyですね。なぜ今これなのか、このブランドはなぜこれを今しなきゃいけないのかっていうところを考えなければいけない。きっとAIはできないんで、そこはもう結局人間の仕事になるっていう、そんなふうに思ってます(橋本氏)」 効率化の罠はここにある。AIを使えば瞬時に大量生産できるため、多くの現場が「なぜこれを作るのか」という思考を深めることをやめ、目先の数値ハックに走りがちになる。しかし思想のない大量生産はブランドのキャラクターを瞬時に希薄化させ、生活者から「どこかで見たことのある、どうでもいい消耗品」として見放される原因を作る。だからこそ、無数の選択肢から自分たちのブランドらしさに合った一つを見極める力と、独自のストーリーを組み立てる力こそが、これからのマーケターに求められるスキルになる。
橋本氏は理想論だけでこの「選ぶ力」を語っているわけではない。むしろ現場では誰にも言わないような小さな矛盾と向き合いながら選んでいる。取材の中で、思わずそんな本音がこぼれた瞬間があった。
「今トレンドって何なんだろうとか、どういうワードに人が刺さるのかから作らなきゃいけないから、いわゆる『神コスメ』みたいなコピーを、あんまり書きたくないけど書かなきゃいけない時があるんですよ。本当はこのブランドに『神コスメ』って合わないんだけどなと思いつつ、こっちの方が今ストレートにわかりやすいワードだったら、まあそれをあえて入れてみるかみたいな(橋本氏)」
「神コスメ」とは、SNSの美容レビューに頻出するスラングで、アルゴリズムの受けは抜群だが、ブランドの世界観を丁寧に育ててきたCDの目には「安易」に映りやすい言葉だ。誰の目にも届かないクリエイティブより、多少ブランドらしくない言葉を使ってでもユーザーの画面まで到達することを優先する場合がある。「書きたくないけど書く」という自覚的な選択こそ、審美眼という言葉の、もう一つの顔なのかもしれない。
では、AI時代を勝ち抜くための『審美眼』や『Why』を立てるセンスは、一体どうすれば身につくのだろうか。橋本氏は「座学や教育プログラム、綺麗なマニュアルでセンスが伸びた子など、業界で見たことがない」と一蹴する。
彼が自身のキャリアを通じて実践してきたのは、至ってシンプルで、しかし圧倒的に泥臭い「浴びる、言語化する、再現する」という脳内回路の強制的な自己研鑽の反復だった。
「自分で作る以外だと、もうひたすら見る浴びるしか僕もやってきてないですね。あと、それを言葉にする。『なんかこの企画自分すごいいいと思った、なぜだろう』っていうのはやってましたね。それを繰り返していくと、多分頭の中で回路が生まれてできやすくなると思ってます(橋本氏)」
優れたクリエイティブや、逆に「なぜかバズっているけれど、自分は違和感を覚えるもの」に対して、常に主観と客観を行き来しながら「なぜ?」の問いを投げかけ、自分の言葉で解剖していく。この頭の使い方の場数を踏むことによってしか、審美眼の回路は形成されない。
現在の若手は、SNSのタイムラインを通じて世界中の膨大な表現やデータを日常的に「浴びて」いる。それはセンスを育てる上で圧倒的なアドバンテージだ。あとはそれを「脳死」して眺めるのをやめ、言語化の訓練を自らに課せるかどうかが、凡百のオペレーターで終わるか、AIを統率する唯一無二のCDになるかの分かれ道となる。
審美眼の希少価値が跳ね上がる一方で、橋本氏は現代の生活者、そして若手マーケターを取り巻く「思考の退化」という巨大なリスクについても深い懸念を示している。
かつては検索エンジンで自ら情報を探し、複数のサイトを比較して思考していた人間が、今や何か悩みがあればすぐに生成AIに問いかけ、出力された「一見もっともらしい一つの正解」をノンストップでそのまま実行するようになりつつある。人類は自らの「思考の主導権」を急速にテクノロジーへと明け渡し始めている。
「今は何でもAIに聞く。ある意味思考を奪うリスクはあると思いますよ。そうなると審美眼を持てる子の希少性が異常に上がるかもしれないですね。ちょっと考えたらそれをノンストップでなんかやってしまう。AIの言う通りに実行に移してしまう。そういう人がどんどん増えるんじゃないですかね。だから脳死しちゃう子が多い中で、審美眼を持っている子たちはめっちゃ希少性が上がると思います。AIに頼らずに自分でやってみて、痛い目に遭うとか、無難じゃないことをやるはずです(橋本氏)」
実は、この「無難じゃないこと」を誰よりも体現してきたのが、橋本氏自身のキャリアである。外資系エージェンシーでCDとして実績を積んでいた彼に届いたのは、当時まだ「女子高生が踊っている怪しげなアプリ」と揶揄されていた、黎明期のバイトダンス(TikTok)からのヘッドハントだった。周囲の猛反対を受けながらも、橋本氏はその誘いに飛び込んでいる。
「奥さんからは『大丈夫なの?』ってめっちゃ言われました。百歩譲ってGoogleだったらまあいいと。中国って大丈夫なの?って。でもね、めっちゃ面白そうだったんですよね。何のアイデアもなければ美しくもないコンテンツが、女子高生が踊って百万再生いって、いいねがいっぱいもらえる。なんだこの世界は、ものすごいなと思いました(橋本氏)」 「無難な選択」をするなら、実績のあるエージェンシーに留まればよかった。しかし橋本氏は、誰も成功を保証してくれない未知の領域へ自分の意志で踏み出し、データとアルゴリズムという、AI時代に不可欠な武器を自らの手で掴み取った。この「自分の意志で動く」ことの価値は、AIがさらに進化した未来でこそ跳ね上がると橋本氏は予見する。
「なんならAI通りに経営して大成功する経営者とかも出てくるじゃないですか。その人は考える脳がないけど、動くには動くみたいな。だったら動くに価値がすっごい高まりそうだなと思ってて(橋本氏)」
AIの指示に黙って従うだけでも、それなりの成果を出せる時代はもう目の前まで来ている。だとすれば最後に問われるのは、「自分の意志で、誰も保証してくれない道を選べるか」という、極めて人間的な胆力そのものだ。
デジタルマーケティングの世界は、数字を扱い続けて効率化を追求してきた歴史そのものである。しかし、Cookie規制により自分たちで直接集めた顧客情報の重要性が高まっていることや、AIによる表現の同質化が進むこれからの時代においては、目先の数値ハックだけで競合に差をつけることは不可能になる。
最終的に生活者の心を動かし、長く愛されるブランドを構築するために必要なのは、ユーザーが抱える葛藤やインサイトを紐解く「なぜ(Why)」の問いかけと、膨大なデータの中からブランドの魂に沿った選択を行う「選ぶ力(審美眼)」のハイブリッドに他ならない。その立て方に、特別な近道は存在しない。優れたものを浴び続け解剖し続ける地道な回路づくりと、無難な正解に頼らず自分の意志で痛い目を見にいく胆力。この両輪をどれだけ持てるかが、すべての分かれ道になる。
AIという無限の作業者を前にして、あなた自身の脳みそは「脳死」という名の効率化に負けてはいないか。あえて自分の頭で仮説を立て、痛い目を見る覚悟を持つプレイヤーにこそ、これからの時代の主導権は握られている。