大阪芸術大学でグラフィックデザインを学んだ後、メーカーでのブランディング・デザインの仕事を経て、アートディレクターとして広告代理店の世界に入った藤村さつきさん。代理店からメーカーへ転じるキャリアパスが多いこの業界で、藤村さんはメーカーから代理店へと進んできた。だからこそ、クライアント側の視点とつくり手側の視点、両方を知っている。学生時代は「自分のデザインがなぜかっこいいのか」を突き詰める作り手だったが、メーカーでビジネスの現場に触れてからは「与えられた目的に応じてクリエイティブをつくる」ことに面白さを見出すようになったという。そんな藤村さんに、ブランドを衰退させないためのアートディレクションの流儀について伺った。

1.

「作品」から「手段」へ 視点の変化

 ――もともと絵を描くのがお好きだったんですか。 

藤村:幼い頃から、それが自分に向いていると感じていました。部活もデザイン系を選んだのはそれが理由です。ただ、それだけでご飯を食べていくのは大変だと分かっていたので、学んでいたグラフィックデザインをどう活かすかは、ずっと考えていましたね。

 ――大学は大阪芸術大学を選ばれていますね。

 藤村:特に強い理由があったわけじゃないんですけど、デザインの勉強をするなら都会に出るしかないと思っていて。ただ、地元から東京に行く勇気はなかったんです。それで大阪に。結果的にはそれがすごく良かったと思っています。大阪に出てからは、みんなカラッとしていて、ユニークな人が多くて。性格自体が変わったと思っています。

 ――卒業後、キャリアの最初の一歩は、実はメーカー側だったそうですね。 

藤村:はい、学生の頃、アルバイトでメーカーのデザインの仕事をしていたんです。そこでビジネスの世界に触れて、それまで自分がやってきた「作品としてのデザイン」とは全然違う感覚だと気づきました。目的があって、そのためにクリエイティブをつくる。この経験が、今の私の土台になっています。

2.

「メーカーから代理店へ」異色の経歴から得た信念

 ――メーカー側にいた頃は、代理店のクリエイティブディレクター(CD)やアートディレクターは、どう見えていましたか。 

藤村:正直、CDとアートディレクターの違いなんて、ポジションの名前でしか判断できなかったんです。その人が何をもたらしてくれるのかは、肩書きだけじゃわからない。そんな中で「やることで示してくれる人」は、単純にありがたかったですね。

 ――今、自分がつくり手側に回ってみて、その視点はどう活きていますか。 

藤村:肩書きって結局、人柄とか、出てきた結果とか、フィックスの仕方とかで変わってくるものだと、メーカー側にいたときに実感していたので。だから今は、痒いところに手が届く人で、かつやってくれることに一貫性がある人になろう、と意識しています。分業が進んでいる業界なので、専門職としての色が強くなるほど「それしかできない人」に見られてしまうリスクもあると思っていて。個人的には、そこは少しネガティブに捉えているんです。

 ――クライアントとの関係づくりで、意識していることはありますか。

 藤村:本音でぶっちゃけられる関係の方が、結局はいい仕事につながると思っています。取り繕った言葉より、多少格好悪くても正直な意見を交わせる方が、提案の精度は上がるので。これも、自分がクライアント側にいた経験があるからこそ、余計に強く思うことかもしれません。

――代理店側に来て、提案するときに一番大事にしていることは何ですか。 

藤村:失敗してもそこから突き詰められる「加速力」があるかどうかですね。石橋を叩いて渡るような無難な案よりも、多少危うくても、みんなで走って渡ろうと思える提案の方を選ぶべきだと思っています。 

――丸くまとまった提案の方が、通りやすい気もするのですが。 

藤村:でも、それだと商品もブランドも衰退が早いんですよ。真新しいものを出すのはしんどい作業なんですけど、まず尖らないと始まらないところがあるので。

 ――尖った提案には勇気がいりそうですよね。 

藤村:人間は視覚から八割くらいの情報を得ていると言われていて、クリエイティブが関わらないものなんてほとんどないんです。心を動かすものはすべてそうであるべきだと思っていて。だから丸い提案で無難に収めるより、心を動かす方に賭けたいんですよね。これはたぶん大阪で鍛えられた感覚で。やるなら面白い方を選ぶ、というのは、あの環境で育った価値観そのものだと思っています。

失敗を恐れて丸くまとめた提案は、通過率こそ高くても、生活者の心をほとんど動かさない。クライアント側の温度感を知っているからこそ、藤村さんは無難さと安全性が必ずしもイコールではないことを、身をもって理解している。

3.

冨永愛さんは、何を着ても冨永愛さん

 ――ブランドを育てるうえで、変えていいものと変えてはいけないものの線引きはどうしていますか。 

藤村:ブランドが存在している哲学とか信念みたいなものは、ずっと変わらずにあるべきだと思っています。でも、そのアプローチの仕方は変わっていい。トンマナを安売りするのはよくないですけど、受け手に応じて手法を変えていくのは、むしろ賛成なんです。

 ――一貫性と柔軟性、両方が必要なんですね。 

藤村:例えて言うなら、冨永愛さんは何を着ても冨永愛さんじゃないですか。素材がどうであれ、その人らしさは変わらない。ブランドも同じで、私たちはそれをつくっていかなきゃいけないんだと思っています。トヨタは単なる自動車メーカーとしてではなく、もう「トヨタ」として見られている。マクドナルドも同じで、そこまで浸透しているブランドは、素材が多少変わっても揺らがないんです。

浸透しきったブランドは、もはやカテゴリーの枠を超えて、固有名詞そのものとして生活者の頭の中に住み着く。藤村さんが目指しているのは、そこまでブランドの輪郭を強くすることであり、そのためになら、表面上のトンマナを大胆に変える提案も辞さないという。

4.

成長痛がなくなったら、卒業のサイン

独自の経歴だからこその視点を持ち、それを信念として活躍してきた藤村さん。そんな彼女のキャリア観について改めて伺った。

 ――ビジネスの現場との出会いは学生時代とのことでしたが、具体的にはいつ頃だったん  ですか。 

藤村:大学4年生のとき、美容系メーカーというところにインターンで入ったのが最初です。当時、インターンに積極的に行くタイプの学生と、そうじゃない学生とではっきり分かれていたんですけど、私は結構前のめりに動いていました。就活自体も、自分の中では一番頑張ったし、一番辛かった時期でしたね。負けず嫌いな性格なので、余計にそう感じたのかもしれません。

 ――学生時代と、ビジネスの現場に入ってからで、面白さの質は変わりましたか。 

藤村:全然違いますね。学生時代は作品そのものの良し悪しで面白いと感じていたんですけど、メーカーでビジネスと紐づいてからは、ゼロから生み出すことより、既にあるものを改善する方が面白いと気づいたんです。課題があった方が燃えるタイプなんだと思います。再現性のあるナレッジが自分の中に溜まっていく感覚が好きで、そこはかなり成長志向だと思います。

 ――キャリアの選び方にも、その志向は出ていますか。 

藤村:出てますね。「成長痛を感じなくなったら、次に進んだ方がいい」というのが自分の中の基準です。仕事を変えるべきかどうか迷ったときは、そこを見ています。代理店からメーカーに進むキャリアパスの方が一般的だと言われる中、私は自分がやりたいと思える方を優先して、メーカーから代理店へと進む道を選びました。専門職のスキルだけじゃなくて、会社のコーポレートブランディング、マネジメントなど企業の成長にも関与できると、どの道に進んでも強いという考え方も、最近もつようになりました。

5.

AIは敵じゃない、同僚&ライバル

 ――今後は生成AIの進化で、クリエイティブの現場も大きく変わっていますがそれについ  てはどうお考えですか。 

藤村:AIに負けない気持ちは、ずっと持っていた方がいいと思っています。AIが学習したものを、人間はさらに超えていかなきゃいけない。でも、あくまで同僚のライバルというか、切磋琢磨していく相手だと思っていて。壁打ち相手にしたり、部下みたいに数を持ってこさせたりするだけじゃなくて、出てくるアウトプットそのものを超えていく、という考え方が、自分の成長スピードを上げてくれると思っています。 

――AIに対して、どんな気持ちで向き合っていますか。 

藤村:正直、「おもんない、もっと頑張ってこいよ」って思いながら向き合っています(笑)。AIとの化学反応が起きたあとの世界を楽しめるのは、これからの人間だと思うので。その変化自体を楽しめるかどうかが、一番大事な気がしています。

AIを脅威として恐れるのではなく、切磋琢磨する相手として挑発してみせる。藤村さんのこの姿勢は、専門性を極めるほど視野が狭くなるという檻から自由になるための、もうひとつのヒントでもある。誰と比べるかではなく、何を超えていくかという発想に切り替えた瞬間、成長の物差しはずっとシンプルになる。

「無難な提案か、尖った提案か。」藤村さんの話を聞いていると、この二択もまた乱暴なのだと気づかされる。加速力のある提案、変わらない哲学と変わっていい手法、成長痛を頼りにしたキャリア選択――どれも単体では正解、不正解ということはなく、丸く収めることを優先した瞬間に、ブランドもキャリアも静かに衰退していくのだ。メーカーと代理店、両方の視点を地続きで持てるという最大の武器を活かし、 常に最良の選択をしようと奮闘する藤村さんのまなざしは、ブランドを衰退させないための、最も確かな『目利き』として機能し続けている。

【profile】 藤村さつきさん 大阪芸術大学でグラフィックデザインを学んだ後、メーカーでのデザイン業務を経て、アートディレクターとして広告代理店の世界へ。代理店からメーカーへ進むキャリアパスが一般的とされる中、メーカーからスタートし、クライアント目線とつくり手目線の両方を併せ持つ。現在は数々のブランドのビジュアル開発、キービジュアル設計に携わる。

 

 

「いまだに飲まれてしまう」という本音

どれだけキャリアを積んでも、正直まだ自分の得意なフィールドに、状況を持っていけていないと感じることがあります。クライアントやプロジェクトの空気に、いまだに飲まれてしまう瞬間があるんです。表向きは尖った提案を薦めていても、内心では「本当にこれで押し切っていいのか」と迷うことも少なくありません。負けず嫌いな性格なので、余計にそのギャップがしんどく感じることもあります。それでも本音でぶっちゃけられる関係性の方が、結局はいい仕事につながると思っていて。格好つけて丸く収めるより、まだ飲まれている自分ごと見せてしまった方が、案外クライアントとの距離は縮まるものだと感じています。

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